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辞書作りの話で泣くとは思わなかった『舟を編む』

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「舟を編む」というタイトルの意味、辞書とどういう関係があるのかと思いながら読み始めて・・・

最後は涙、涙。

大感動して号泣するというのではなくて、なんというか、じわじわこみ上げてくるような涙。

ここまで何かに一途になれる人生って、なんて幸せなんだろうと思います。

三浦しをんにはずれなし。

◆あらすじ

荒木は定年間近の編集者。「大渡海」という辞書の編纂作業をしているが、後を託せる社員はいないものかと探している。というのも、辞書の編集は普通の本の編集とはまったく質が違うからだ。

常に言葉と向き合い、言葉を掘り下げ、適切な解釈を加えていく。それを辞書として編纂するには、原稿を各ページにパズルの様にうまく、無駄無く収めていく能力も必要だから。

そこで見つけたのが、営業部では使い物にならなかった馬締(まじめ)だ。←すごいネーミングセンスだと思う。

人付き合いは下手だし、組織の中で生きていく能力には欠けるものの、言葉と向き合うひたむきさと粘り強さを見いだされ、「大渡海」編纂メンバーの一人となった。

そこに、辞書編集部のお調子者・西岡、愛想はないが事務処理能力は極めて高い佐々木女史、監修を担当する辞書の鬼・松本先生、後に辞書編集部に配属となる岸部みどり、馬締の下宿先の大家さんの孫娘・香具矢(かぐや)を交えて話は進んでいく。

お金も時間もかかる辞書の編集。「大渡海」の編集作業も何度となく暗礁に乗り上げかけ・・・辞書は完成するのか、というところが見所。

◆辞書作りには終わりがない

この本を読んで、辞書作りには終わりがないのだということを初めて知った。

考えてみれば当たり前のことで、10年前に編集された辞書には今使われている新しい言葉は載っていない。

言葉は生き物。変化し続けている。言葉自体が変わらなくても、解釈が変わることもある。

松本先生は常に用例採集カードを持ち歩き、食事中でもテレビから「耳」は離さない。新しい言葉や耳慣れない言葉を聞くとすぐにカードに書き込んでいく。カードが無ければ箸袋でもなんでも書けるものに書いておく。

そうやって集めた言葉を、辞書に載せるべきかどうか判断していく。

古い言葉の選定も大変だ。死語だからといってすべて削るわけにはいかない。今話し言葉としては使われていない、流行遅れの言葉だったとしても、辞書で調べる場合があるからだ。

そういった「言葉の採集」には終わりがないのだ。すごいな、辞書の世界って。素直にそう感じた。

そして改めてわかったこと。日本にはイギリスなどと違って、国が主導して作った辞書がないとのこと。言われてみればそうだ。すべて民間の出版社などが編集している。

国が自国の言葉をしっかりと定義するということがなされていないようにも思えたのだ

が、逆に考えると、権力が絡まないことで、言葉が自由なままでいられるということ。

だからこそ、各社で言葉の解釈や表現に微妙な違いがあり、それこそが辞書の面白さなんだと思う。

◆言葉って面白い

改めて、普段わかっていることでも知らない人に教えようとしたら意外と難しいんだなと思った。例えば「女」という言葉を説明しようとしたら?

ある辞書には「男でない性」とか「妊娠する器官がある」などとあるそうだ。

作中で岸部みどりが「それでは説明不足だ」と憤っている場面があるのだが、そうか、そういわれてみると、「女」という言葉も、今と昔ではかなり解釈が違うんだろうなと。

また、「愛」という言葉も、「異性に関して感じる感情」では、同性の人には感じないのか?ということになる。昔は無かった価値観かもしれないけれど、今は別に珍しいことでもない。

辞書は言葉の意味を正確に伝える以外に、その時の社会情勢や文化なども反映しているものなんだなと。

だからこそ、古い辞書を今見てみると、当時はこう言う解釈だったのか、と違う楽しみ方があるかもしれないなと思った。

◆三浦しをんの魅力

この人の作品は、登場人物が素敵な人ばかり。見た目のかっこよさではなくて、人として素敵な人。

不器用だけど何事にも真摯な馬締やおちゃらけてばかりいるように見えて、実はよく人のことを見ていて、影でサポートしている西岡など、ひとりひとりが魅力的。

だからこそ、読んでいてどんどん作品に引き込まれてしまう。もう、中毒になりますよ。

「舟を編む」という言葉の意味は、わりと最初の方で明らかにされているのだけど、そうか、言葉って海だよねと納得。この装丁の意味もわかると感動がさらに増します。

私はライターとしても仕事をしているので、言葉はとても大切にしないといけないのですが、そうか、このくらい言葉と向き合って、自分のものにしていって、初めて言葉をうまく使えるようになるのかなと思った。

早速書店に新しい辞書を買いに行ってしまった。